東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)190号 判決
事実及び理由
審決を取消すべき事由の有無について判断する。
1 原告は、審決が本件実用新案登録を無効とするために米国特許第一四六、〇九二号明細書(第二引用例)を引用したことが実用新案法第三八条の規定に違反する旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第三号証の二(甲第五号証の四と同じ)、乙第一号証の一ないし三によれば、審決は被告が本件実用新案登録無効審判の請求手続において提出した甲第五号証の四に基づいて米国特許第一四六、〇九二号明細書の内容を理解したことが窺われるところ、右甲号証からはそれが我が国に受入れられた日を確知することはできないが、右明細書と全く同じ内容を印刷したものが、すでに大正一三年九月一六日、当時の特許局図書館に認証コピーとして受入れられていることが明らかであるから、右米国特許明細書は、本件考案の出願前にすでに日本国内で頒布された刊行物となつていたものというべきである。原告の主張は理由がない。
成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案公報)によれば、本件考案は、鉄スクラツプバンドルの形状構造の改良に係る考案で、鉄スクラツプバンドルを「実用新案登録請求の範囲」に記載されたような形状構造のものとすることによつて、次のような効果を奏するものと理解される。すなわち、鉄スクラツプバンドルは、「平炉、電気炉等の溶解炉内に装入して加熱溶解するものであるが、その際に、鉄スクラツプバンドルには、条溝又は条溝、条孔が設けてあるために、加熱伝導面積が増大されて、炉内における加熱伝導がきわめて迅速効率よく行われ、強圧縮したバンドルであるにもかかわらず溶解し易く、また、製品が強圧縮されているために運搬又は炉内投入の時に崩壊又は欠壊する惧れがなく、又外隅角を円形の円滑面4に形成することによつて炉内築造煉瓦等の内装を傷つけることがなく安全操業ができる」(第二欄二八行ないし三八行目参照)ものである。
ところで、原告は、本件考案が対象とする鉄スクラツプバンドルは、専ら一個団塊であるから、多数個団塊に関する第一引用例の技術からはきわめて容易に考案できるものではないと主張する。
なるほど、本件実用新案登録請求の範囲には「その鉄スクラツプバンドル体2の外隅角に円形の円滑面4を設けて炉内壁の損傷を防止させるようにしてなる」旨の記載があり、また、「考案の詳細な説明」の欄には、「鉄スクラツプバンドルの外隅角を円形の円滑面に形成してあるので、炉内に入れた際に、炉内築造煉瓦等の内装を傷つけることがない。」(第一欄下から二行目ないし第二欄一行目)との記載のほか、前に引用した同旨の記載があることが認められるが、これらの各記載から直ちに、本件考案が、専ら巨大な一個団塊の鉄スクラツプバンドルに限定された考案であるとみることはできない。なぜなら、鉄スクラツプバンドルを溶解炉内に投入する際に炉内の内装を傷つけるおそれがあるのは、一個団塊の鉄スクラツプバンドルの投入の場合に限られず、複数個の鉄スクラツプバンドルを投入するにあたつても、炉の内装を損傷しないようにすべき配慮が必要であるからである。
さらに、この点に関して、原告は、本件実用新案登録請求の範囲における「屑鉄材群」なる表現は、一般取引業者にとつて「屑鉄群」と峻別して理解され、主原料としての屑鉄のほか製鋼のためのすべての材料を含んだ集合体を指すものと理解されることからも、本件考案の対象は、専ら一個団塊の鉄スクラツプバンドルであると主張する。
しかしながら、本件考案の「屑鉄材群」が、原告主張の如き集合体であるとしても、このことによつて、直ちに、この種団塊が製鋼のために電気炉等の炉内に投入されるときに、一個の団塊だけで炉の全容量を満す場合のみを意味し、本件考案がそのための鉄スクラツプバンドルであると理解することはできないし、また、本件実用新案登録請求の範囲において「屑鉄材群」の用語が用いられていることから、本件考案は鉄スクラツプバンドルの複数個が溶解炉内に投入される場合における鉄スクラツプバンドルを排斥しているものとみることはできない。
そもそも、鉄スクラツプバンドルを炉内に投入して溶解するにあたつて、鉄スクラツプバンドルを一個の団塊として処理するか、複数の団塊を投入するかは、直接には炉の操業条件に係わる問題であるところ、本件明細書の記載全体を通してみても、本件考案が、特定の炉の操業条件を前提としたうえでの鉄スクラツプバンドルの形状構造に関する考案であると理解すべき充分な記載を見い出すことはできない。
したがつて、本件考案が、一個団塊の鉄スクラツプバンドルのみを対象とする旨の原告の主張は採用できない。
また、原告は、第一引用例に「中心部ニ縦孔ヲ穿設スルコト」なる記載があることに関連して、本件考案には第一引用例におけるような、「中心に一個だけの条孔をもつて、外側に条溝をもたない鉄スクラツプバンドル」は含まれない旨主張する。
そこで、本件実用新案登録請求の範囲の記載に則して、この点の主張を検討すると、そこには、「屑鉄材群1を強圧縮集積成形した成形鉄スクラツプバンドル2体の外側又は中央、外側に条溝又は条孔及び条溝の加熱伝導促進凹凸面3、3……を設けて構成」するとの記載があり、「条孔」及び「条溝」をいずれも加熱伝導促進面3、3としているものの、右記載のうち「又は、」「、」、「及び」を含んだ個所の記載は明確なものとはいえないが、しかし、本件明細書の「考案の詳細な説明」及び図面の記述を参酌して本件実用新案登録請求の範囲における右不明確な記載をみると、要するに、加熱伝導促進面のうち成形体の外側に配設されたものを「条溝」と表現し、その他の個所に設けられたものを「条孔」といつているものと理解され、本件実用新案登録請求の範囲には、右の条溝及び条孔の双方を有する鉄スクラツプバンドル(第三図のもの)のほか、加熱伝導を促進するための「条溝」又は「条孔」をもつ鉄スクラツプバンドル(「条溝」又は「条孔」の個数の限定もない。)が含まれるものと解される(第一、二図(〔編注〕省略)参照)。したがつて、この点についての原告の主張も採用できない。
3 以上の検討で明らかなように、本件考案の鉄スクラツプバンドルは、成形体に前記の如き条溝及び/又は条孔の加熱伝導促進面を構成していることならびにバンドル体の外隅角に円形の円滑面を設けている点が特徴であるが、鉄スクラツプバンドル自体が巨大で、この形状の団塊一個で溶解炉の全容量を充足するようなバンドル体に限定されるものではない。
そして、成立に争いのない前掲甲第三号証の一によれば、第一引用例は、鉄鋼削屑の団塊製造方法についての発明であり、同特許明細書の実施例には、成形団塊の中心部に直径一・五ないし三cmの縦孔を設けることによつて炉中において加熱せられたとき熱が団塊の中心に到達するのを容易迅速にし、それによつて団塊の温度上昇を早くし衝風に曝露される期間を短縮でき、また溶解前の酸化損失を少くできる旨の記載のあることが認められる。
したがつて、第一引用例には、炉内における加熱を容易かつ迅速に行なうために成形体に条孔(縦孔)を設けて受熱表面を大きくするという技術思想が開示されているというべきであり、第一引用例に、このような技術思想が示されている以上、受熱表面を大きくするために成形体の外側に加熱伝導促進面としての条溝を設けることは、当業者がきわめて容易になしうる事項とみることができる。
また、本件考案は、前叙のとおり鉄スクラツプバンドルを溶解炉内に投入するときに、炉の内装を傷つけないように成形体の外隅角に円形の円滑面を設けることを要件としているが、炉の内装を傷つけないために投入される成形体の角部を縁取りして丸味をつけることは、きわめて周知な技術的常識であつて、この点に本件考案の進歩性を見い出すことはできない。このことについては、原告自身「製品に円形の円滑面を附することとあるのは、炉の形状が円ければ炉内の内壁を傷つけないためであつて、当然常識として斯る形状を表示したにすぎない。」(成立に争いのない甲第七号証-審判手続における昭和五三年一月一八日付答弁書二丁裏八行ないし一一行目)として、ここに進歩性がないことを認めているうえ、第二引用例の第二図からは、円滑面を有するプレス成形された金属スクラツプの形状が想起されることは、審決の指摘するとおりである。したがつて第二引用例に関する原告の主張も採用できない。
そうすると、本件考案は、第一、第二引用例に記載された事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができるものと認めた審決の判断は正当であり、何ら違法の点はない。
よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕本件における考案の要旨は左のとおりである。
屑鉄材群1を強圧縮集積成形した成形鉄スクラツプバンドル2体の外側又は中央、外側に条溝又は条孔及び条溝の加熱伝導促進凹凸面3、3……を設けて構成した鉄スクラツプバンドルにおいてその鉄スクラツプバンドル体2の外隅角に円形の円滑面4を設けて炉内壁の損傷を防止させるようにしてなる鉄スクラツプバンドル。